相続財産に著作権が含まれている場合、どのような手続が必要になるか?

目次

著作権の相続手続き―父が遺した5冊の絵本 ―

【下記の物語は、著作権の相続を題材としたフィクションです。内容は、相続財産に著作権が含まれる事例を物語形式で分かりやすく紹介するためのものであって、実在の人物及び出来事とは一切関係の無い創作物語です。】

真紀子の父・康夫が78歳で亡くなったのは、3月の終わりだった。

葬儀を終えた翌週、長女である真紀子は実家の書斎を片付け始めた。

元小学校教員の康夫は、定年退職後に地元の民話を元に絵本を書いていた。文も絵もすべて自分で手がけ、全5冊のシリーズ絵本となった。

ベストセラーではない。それでも学校や図書館に購入され、毎年一、二冊が増刷となっていた。

机の引き出しには、出版社からの封書が丁寧に束ねて収められていた。増刷のたびに届く「印税支払通知書」と、毎年1月に届く支払調書。

印税からは所得税が源泉徴収されており、父は支払調書を元に、印税収入について毎年確定申告をしていたようだった。

父の本がいまだに売れていることを、真紀子はこのとき初めて知った。

けれど、出版社に連絡すべきなのかまでは、考えが及ばなかった。

役所等への各種の届け出、年金や銀行や保険の手続き。

やるべき手続きが山ほどあったからだ。

ほどなく、真紀子は銀行に父の死亡を届け出、康夫の口座はいったん凍結された。

出版社からの封書

6月の初め。真紀子は、空気を入れ替えるために週に一度通っている実家の郵便受けに、出版社からの封書を見つけた。

中には、印刷された短い文面があった。「振込不能のお知らせ」

5月末に父の登録口座に振り込む予定であった印税が、振り込めなかったことが記されていた。口座情報に変更があれば、同封の用紙で届け出てほしいと。

父が亡くなったことを、出版社はまだ知らないのだ。真紀子は書面に書かれていた経理に電話をかけ、父が3月に亡くなったことを伝えた。

電話口の人は丁寧にお悔やみを述べてくれ、今後の印税支払方法等については、別途書面を送ってくれることになった。

翌日、康夫の担当をしていたという編集部の三浦から真紀子に電話があった。

「先生が……そうでしたか。先生からは、新作の構想を伺っていたところだったんです」

三浦は声を詰まらせた。
康夫がまだ新しい本を書こうとしていたことを、真紀子はこのとき知った。

10日ほどして、出版社から正式な書面が真紀子の自宅に届いた。

「著作権の承継者様について、ご確認のお願い」

康夫の除籍謄本、相続人全員の戸籍謄本、遺産分割協議書などの著作権を誰が承継したのかを示す書類を添付して、承継人の振込先銀行口座情報を送ってほしい旨が書かれていた。

書類全てが揃うまでは、印税の支払いはいったん保留になるという。

税務署へ

相続人は真紀子と、大阪に住む弟の健二。母は既に5年前に亡くなっているので、相続人は2人だ。

財産は築50年の実家と、預金が550万円ほど。相続税がかかるのかどうか、真紀子には見当がつかなかった。

まず、国税庁のホームページにある「相続税の申告要否判定コーナー」で確認してみると、どうやら相続税はかからず、申告も不要だということが分かった。

ただ、父の本の著作権をどう扱えばいいのか分からず、念のため電話で予約を取って、税務署の面接相談に出かけた。窓口の職員は、懇切丁寧に説明してくれた。

著作権も相続財産として評価の対象になること。そのうえで、すべての相続財産の価額を合計しても、相続税の基礎控除(相続人が2人なら4,200万円)を大きく下回る額なので、申告は必要ないとのこと。

「ただ、お父様が亡くなるまでに生じている印税などについては、準確定申告が必要です。亡くなったことを知った日の翌日から起算して4か月以内ですので、気をつけてくださいね」と教えてくれた。

真紀子は、父の書斎にあった確定申告書の控えと支払調書とを手がかりに、税務署で教わりながら準確定申告を済ませた。

兄弟仲も悪くない。真紀子が電話で相談すると、健二はあっさり言った。

「実家は売って半分ずつ、預金も半分ずつでいいよ。父さんの本の権利も半分ずつにしよう。印税も2人で分ければ公平だし」

真紀子も、それが一番すっきりすると思った。

図書館からの連絡

同じころ、地元の図書館で司書を務める宮本から真紀子に連絡が入った。父の葬儀に参列してくれていた若い女性だ。

「先生の民話絵本を、紙芝居にリメイクして読み聞かせ会で使わせていただけないでしょうか。絵本をそのまま読み聞かせるだけなら許可がいらない場合もあるそうですが、紙芝居に作り直すにはご遺族の許可が必要だと聞いたものですから」

真紀子は受話器を持ったまま固まった。これは私が一人で「どうぞ」と言っていいのだろうか。そもそも、父の著作権は今、私のものになっているのだろうか。

真紀子は、いったん話を持ち帰る旨を伝えた。

行政書士を紹介され

翌朝、真紀子が職場で著作権の相続の話をすると、隣の課にいる同期が「著作権の仕事をしている行政書士の友達がいるから紹介するよ」と言ってくれた。さっそく、昼休みにその行政書士事務所に電話をし、翌週の仕事終わりの時間に、相談の予約を入れた。

相談の日、真紀子は、出版社から送られてきた書面と、父の5冊の絵本を紙袋に入れて事務所に持参した。事務所に着いて相談者カードに記入をし、行政書士から名刺を受け取った後、これまでの経緯をひととおり全て話した。

行政書士はまず絵本を一冊手に取り、表紙と奥付を確かめてから尋ねた。

「この絵本は、文も絵も、全部お父様が書かれてますね」

「ひとりで全部書いていたようです」

「それなら話はシンプルです。絵本の場合、文と絵を別々の方が担当していることが多いんです。そうなると絵の著作権は絵を描いた方のものなので、紙芝居へのリメイクの許可は、作画担当の方又はその方の著作権の承継人からもいただく必要があります。しかし、お父様お一人の作品なら、お父様の著作権だけを考えれば大丈夫ですので、相続人の意向次第です」

真紀子の脳裏に、司書さんの笑顔が浮かんだ。

「あとは念のため、お父様の本の出版社と交わしている契約書も確認させてください。というのも、紙芝居のような二次利用の窓口を出版社に任せる契約になっていることもありますから」

真紀子は、そんなことを考えたこともなかった。行政書士は続けた。

「お父様の著作権は、預金や不動産と同じ、れっきとした相続財産です。遺産分割が済むまでは、真紀子さんと健二さんが共有している状態です。そして共有の著作権は、共有者全員の合意がなければ行使できません。紙芝居へのリメイクを許可するにも、現時点ではお二人の合意が必要です」弟に黙って一人で返事をしなくてよかった、と真紀子はほっとした。

「ところで、遺産分割については、健二さんとはどのように分けるお話になっていますか」

「全部、半分ずつにしようと。著作権も、印税も」行政書士は少し考えてから、ノートに家系図を書きながら言った。

「お父様の作品の著作権は、お父様の死後70年続きます。70年です。70年後、私はこの世を去っていますし、真紀子さんや健二さんも、失礼ながら同様だと思います」

行政書士は家系図の下に線を足していった。

「たとえば、真紀子さんにお子さんが2人、健二さんにお子さんが3人いらっしゃるとします。仮にお二人のお子さんがそれぞれ著作権を相続した場合、お父様の著作権の共有者は5人になります。そして、お子さんに子どもができ、その世代に相続されると……」

真紀子は、自分の娘たちと、弟の息子たちの顔を思い浮かべた。

幼稚園や小学校の頃にはよく一緒に遊んでいたが、中高生になった今や、子どもたちは正月くらいしか互いに会っていない。

行政書士は続けた。

「共有されている著作権は、ほかの共有者の同意がなければ、自分の持分を誰かに売却したり、担保に入れて融資を受けたりすることもできません。共有という状態には、そのようなデメリットがあることも頭に入れておいてください」

子どもたち5人が、この先何十年も、小さいころのような仲良しでいられる保証などないことは、真紀子にもよく分かる。子どもたちの次の世代ともなれば……

「今回のようなリメイクの許可ひとつでも、5人全員が同意しなければ実現しない。仮に1人でも連絡がつかなかったり、仲違いしていたり、意見が合わなかったりすれば、復刊や電子書籍化のような話があっても、全てそこで止まってしまう。そうなれば互いの断絶はさらに深まり……、そんな状況を、お父様が望んでいるわけもなく……」

「今は仲がいいから将来も大丈夫、とは楽観的すぎるのですね?」

「いえ、楽観的に生きるのは素晴らしいことですよ。むしろそのように生きなければ、人間は潰れてしまう。ただ、私が言っているのは単純なことで、真紀子さんと健二さんの仲の良さは、次の世代に『相続』できないということです。話が通じ合うお二人の関係性の中で、単独所有にすることで、次世代の方々の間で揉めることを防げるのでは、という個人的見解に過ぎません。なお、その分、預貯金などの分割の割合で調整すれば、公平さを保つことは充分に可能です」

その晩、真紀子は健二に電話をし、行政書士からのアドバイスを伝えた。

「うちの子と姉ちゃんとこの子が、オヤジの本のことで揉めるのは嫌だな。オヤジの本の権利は姉ちゃんに全部渡すよ。その代わり、現金はちょっと多めにもらうわ」電話の向こうで、健二は笑っていた。

次の相談の日、真紀子が健二との話を行政書士に伝えると、行政書士はうなずいた。

「では、著作権は真紀子さんが単独で承継するかたちで、遺産分割協議書を作りましょう。作品は、題名と出版社、発行年月日で一冊ずつ特定していきます。前回お持ちいただいた絵本の奥付が、そのまま役に立ちます。保留になっている印税も真紀子さんが受け取ることを、あわせて書いておきます。そのうえで、もう一つ大切な手続きがあります。文化庁への『著作権の移転登録』です」

行政書士は、紙に綺麗な円を一つ描いて、真ん中に線を引いた。

「半分ずつの共有にしていれば、それは法定相続分どおりなので、何もしなくても、つまり文化庁に著作権の移転登録をしなくても、第三者に対して権利を主張できます。この半円分の権利ならば」

「この半円分が、私の本来の相続分なのですね」

「しかし真紀子さんの単独所有にすると、健二さんが本来相続する分だった残りの半円分は『法定相続分を超えて承継する部分』になります。2019年7月に施行された法改正で、この部分は、文化庁に登録をしていなければ第三者に主張できないことになりました。たとえば万一、健二さんの債権者が、健二さんの法定相続分を差し押さえてきた場合、先に登録しておかないと『実はその半分も私のものです』とは言えないんです」

「登録しないと、せっかく権利を一人に集中させたのに、半分しか守れない……」

さらに登録には実務的な利点もある、と行政書士は続けた。

「登録された内容は、文化庁の著作権登録原簿に記録されます。作品を使いたいという方に、『私が権利者です』と公的な記録で示せるんです。今後、紙芝居や朗読だけでなく、復刊や電子書籍化の話が来たときも、交渉がぐっと楽になりますよ。そのたびに、真紀子さんが一人で権利を持っていること、つまり健二さんの同意は要らないことを証明する手間が省けます。それに、真紀子さんの代で権利の流れをはっきりさせておけば、いつかお子さんたちが引き継ぐときにも、さかのぼって証明する手間が軽くなります」

帰り際、真紀子は、一番気になっていたことを行政書士に尋ねた。

「紙芝居にするとき、もし父のストーリーを大きく変えられてしまったら、少し寂しい気がして」

「たしかに、作品を勝手に改変されない権利などの『著作者人格権』は、著作者であるお父様だけの権利なので、相続はできません。でも安心してください、法律は、著作者が亡くなった後も、生きていたとしたら著作者人格権の侵害になるような行為を禁じています。ご遺族がそれをやめるよう請求することもできます。リメイクの許可を出すときに、『お話の筋は変えないでください』という内容の条項をつけることもできますよ」

真紀子は、ようやく肩の力が抜けた気がした。

著作者人格権は相続されない|著作権法 第59条

「著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。」

著作者が亡くなった後の保護|著作権法 第60条

「著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。」

→ 行為の性質や程度、社会的事情の変動などから、著作者の意を害しないと認められる場合は除かれます(同条ただし書)。

遺族による差止めの請求|著作権法 第116条第1項・第2項

「……その遺族(死亡した著作者又は実演家の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹をいう。……)は、……第六十条……の規定に違反する行為をする者又はするおそれがある者に対し第百十二条の請求を……することができる。」

→ 第112条の請求とは、行為の停止や予防を求める差止めの請求です。
→ 請求できる遺族には順位があり、配偶者・子・父母…の順です(同条第2項)

許諾に条件をつける|著作権法 第63条第2項

「前項の許諾を得た者は、その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において、その許諾に係る著作物を利用することができる。」

翌週、行政書士に依頼していた法定相続情報一覧図と、健二の署名押印も済んだ遺産分割協議書が、真紀子のもとに送られてきた。複数の戸籍関係書類の代わりに法定相続情報一覧図で足りることを出版社に確かめてから、真紀子がそれらを編集部の三浦に送ると、2日後に三浦から電話がきた。

「書類、確かに受け取りました。経理に渡しました。保留になっていた5月以降分の印税は、真紀子様の口座に今月末日付でお振り込みする予定とのことです。それと、もし可能であればなのですが、先生の新作の構想ノートが残っていたら、いつか見せていただけませんか? これは個人的な希望なので、だめならだめで構いません……」

しばらくして、行政書士に委任していた文化庁への登録が完了した旨の書類が届いた。出版社にも話を通したうえで、図書館には真紀子名義で、紙芝居化の許可を出した。

秋の土曜日、図書館の読み聞かせ会。

司書さんが紙芝居をめくるたびに、父の描いた山と川と、いたずら好きの狐が現れた。最前列の子どもたちが声をあげて笑う。

真紀子は一番後ろの席で、その笑い声を聞く。

お父さんの本は、これからもまだ読まれていく。著作権の保護期間は、著作者の死後70年続く。孫の世代、その先の世代まで、父の物語は著作権に守られながら届いていくのだと、真紀子は思った。

【旗の台・長原行政書士事務所】は、著作権の各種登録業務を取り扱っています

このような状況の方は、ご相談ください。
★亡くなったご家族に、本・楽曲・イラスト・写真などの著作権収入があった
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 当事務所では、文化庁等への著作権の各種登録業務を行っております。
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免責事項
 本記事に掲載している情報は、一般的な法的情報の提供を目的とするものであり、特定の案件について助言を行うものではありません。
 記載内容は作成時点における法令等に基づいていますが、今後の改正その他の事情により変更される可能性があります。
 また、実際の事案では、事実関係や状況により結論が異なる場合がありますので、具体的な事案については、必ず適切な専門家にご相談ください。
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