著作権の譲渡契約自体は、当事者間の合意のみで効力を生じますが・・・
不動産売買で、重大なトラブルを引き起こす二重譲渡(売主が、同じ不動産を、複数の買主に売却してしまうこと)。
実は、不動産売買だけでなく、著作権売買においても、二重譲渡によるトラブルは現実に起きています。
同一の著作権が、結果として複数の買主に譲渡されてしまう(二重譲渡)ケースでは、当事者間の交渉で解決できなければ、裁判で多大な費用・時間・労力を費やして、争うことになります。
最後にご紹介する著作権の二重譲渡事件の裁判例でも、最終的には正当な権利者が救済されましたが、控訴審までもつれております。

ここでは、裁判例の事例とは全く異なるシンプルなシチュエーションの事例を創作し、フィクションのストーリーを通じて、なぜ二重譲渡対策が必要なのかを、分かりやすく説明します。
物語の登場人物(フィクションです)
①クリエイター・Aさん
→SNSで人気のあるイラストレーター。オリジナルキャラクターが大人気。
②B社(アパレル系のベンチャー企業)
→Aさんが創作したキャラクターを、服やグッズに使いたい。
③C社(B社のライバル企業)
→Aさんが創作したキャラクターを、服やグッズに使いたい。

第1章:Aさん、人気キャラクターの著作権をB社に譲渡する
人気絶頂のイラストレーターAさんは、アパレル系のベンチャー企業であるB社から求められ、自分が創作したキャラクターの著作権を、B社に売る契約(著作権譲渡契約)を締結しました。
B社の担当者は、「これで商品化できる!」と喜びました。
しかし、B社の担当者は、著作権譲渡契約はしたものの、大切なことを、していませんでした・・・
第2章:Aさん、交通事故による莫大な出費で大ピンチ!→同じ著作権を他社にも売ってしまう!
翌月、Aさんは重大な交通事故を起こしてしまいました。
これにより、急な出費がかさみ、体も怪我や後遺症でしんどい為に思うように働けず、一気に経済的に苦境に陥ってしまいました。
人間は本当に困ったときには、見境がない行動に出てしまうこともあります。
Aさんは、迷いに迷った挙句、背に腹は代えられないと思うに至り、先月B社に売ったキャラクターの著作権を、以前からB社と同様にアプローチされていたC社(B社のライバル企業)に声をかけ、C社にも売ってしまいました(著作権の二重譲渡)。
C社の担当者は、著作権法に詳しく、著作権法第77条を知っていたので、売買契約を締結後、すぐに文化庁に対して「著作権の譲渡の登録」をしました。
そして、C社もそのキャラクターを商品化。
C社の商品が、B社の目に止まりました。
B社が著作権譲渡契約を締結した後に、C社も同じ著作権についてAさんと譲渡契約を締結していたことを知ったB社は、怒り心頭。
B社の担当者は、さっそくAさんに連絡しました。
Aさんは交通事故の後遺症で、息も絶え絶えの中、B社の担当者に平謝りし、次に創る予定の新しいキャラクターの著作権を無償で提供するから、今回のことは許して欲しいと懇願。
売れっ子イラストレーターのAさんでも、事故で出費がかさんだ上に、後遺症がしんどく、満足に働けない為、手元には最低限の生活費しか残っていませんでした。
B社の担当者は、仮にAさんを訴えて裁判で勝ったとしても、Aさんには賠償に応じるだけの経済力がないと判断し、とりあえずAさんへの責任追及は脇に置いておき、さしあたりC社に対して法的措置を取って、まずはC社の商品の販売を差し止めて、既に市場に出回ってしまっている商品も回収させようと思うに至りました。
B社の担当者は、我が社の方が先にAさんと契約していたのだから、裁判になれば絶対に勝てるだろうと信じていました・・・
先に契約した方が勝つのか? 文化庁に登録していた方が勝つのか?
(著作権の登録)
第七十七条 次に掲げる事項は、登録しなければ、第三者に対抗することができない。
一 著作権の移転若しくは信託による変更又は処分の制限
二 著作権を目的とする質権の設定、移転、変更若しくは消滅(混同又は著作権若しくは担保する債権の消滅によるものを除く。)又は処分の制限
著作権を誰かに譲渡(移転)したという事実は、それを文化庁に登録しなければ、「第三者」に対してそれを主張できないということが、著作権法77条に規定されています。
ここで問題となるのは、ここでいう「第三者」とは、誰のことを指すのか?ということになります。
著作権法77条の「第三者」とは、?
ここで「第三者」とは、「他の利害関係者に対し、登録の欠缺(けんけつ)を主張することについて正当な法律上の利益を有する者」に限られるとされております。
分かりやすく言い換えると、相手に対して、「この著作権、あなたは文化庁に登録してないですよね!」と相手方の登録の不存在を主張することについて、正当な法律上の地位にある者といったところでしょうか。
典型的な例では二重譲渡の際の各譲受人(買った人)などが該当します。

したがって、著作権の単なる侵害者は、第77条の「第三者」には当たらない(上述の正当な法律上の利益を有しない)ため、登録がなくとも対抗できるとされています。
なぜなら、単なる侵害者は、法律で保護する必要がないので、単なる侵害者に対しては登録なしでも対抗できるということです。
第77条柱書の「登録しなければ、第三者に対抗することができない」という表現から、「第三者」を保護する規定であるという側面が、読み取れます。
保護に値する人だけが「第三者」に該当するように(「単なる侵害者」などを排除するように)、限定的に解釈しているのです。
ここで、先ほどの物語では、B社もC社も、両者ともにAさんと著作権譲渡契約を締結しているわけですから、上述の正当な法律上の利益を有するので、両者ともに互いに「第三者」に該当し、登録がある方(C社)が勝ちとなります。
つまり、契約の先後は無関係で、先に契約しても登録を怠れば、「第三者」に対して対抗できなくなるのです。
しかし、例外もあります。
それは、C社が、後述する「背信的悪意者」であった場合です。この場合、結論は逆転します。
例外的に、二重譲渡の「譲受人」であっても、「第三者」に該当しないと認定され、保護されない(登録があっても負ける)場合があります
どのようなケースだと思われますでしょう?
譲受人が、「二重譲渡の事情を知り、かつ、先の契約者(B社)にダメージを与える目的で著作権を譲り受けた人(背信的悪意者)」である場合です。
このように悪質性が高い場合は、その譲受人は第77条の「第三者」には該当しないと認定されます。
従って、その譲受人に対しては、もはや単なる侵害者に対するのと同様に、登録がなくても対抗できるとされております(この場合なら、B社の勝ち)。
「背信的悪意者」ではなく、単に知っていただけの人(単純悪意者)は、第77条の「第三者」に当たるとされる?
「背信的悪意者」ではなく、単に知っていただけの人(単純悪意者)は、「第三者」に当たるとされ、保護されるのでしょうか?
二重譲渡であることについて「単に知っていただけの人(単純悪意者)」は、「背信的悪意者」ほどの悪質性はなく、自由競争の範囲内の行為であるとして、第77条の「第三者」に当たるとされております(つまり、この場合はC社の勝ち)。
ですので、先ほどの物語で、B社とC社、どちらが勝つかは、C社が「背信的悪意者」であることをB社が立証できるか否かにかかっております。
C社は背信的悪意者ではないと認定されればC社の勝ちですし、C社が背信的悪意者であると認定されればB社の勝ちとなります。
著作権法第77条絡みの裁判例

先ほどのフィクション事例よりも、かなり複雑な事案であり、全く異なるシチュエーションではありますが、著作権法第77条絡みの裁判で、控訴審までもつれた、著作権の二重譲渡の事件になっております。
判決文全文へのリンクも貼っておきます。
ヴォン・ダッチ(Von Dutch)著作権二重譲渡事件
★原審
東京地裁平成19.10.26平成18(ワ)7424著作権譲渡登録抹消請求事件
判決文全文へ
★控訴審
知財高裁平成20.3.27平成19(ネ)10095著作権譲渡登録抹消請求控訴事件
判決文全文へ
この事件の原審では、著作権法77条によって、著作権の二重譲渡の問題として処理され、先に著作権譲渡契約によって著作権を得ていた方ではなく、著作権登録をしていた方の主張が認められました。
控訴審では、著作権登録をしていた方は「背信的悪意者」であって第77条の「第三者」には該当しないと認定され、結論が逆転し、当該著作権登録の抹消手続きをすることが命じられました。
最終的には正当な権利者が保護されましたが、原審では、登録がないことで、本来救済されるべき方が負けてしまっていることを鑑みると、やはり、著作権譲渡契約を締結後に、速やかに著作権の「譲渡の登録」をすることの大切さが、よく分かります。
裁判にて、多大なお金・時間・労力をつぎ込まなければ自らの正当性を証明できない事態は、事業者にとって本当に辛い状況だと思います。

当事務所は、文化庁に対する著作権の各種登録申請業務を取り扱っております
後々の二重譲渡問題のリスクを避けるためには、著作権譲渡契約だけで終わらせずに、速やかに文化庁への登録を行うことが推奨されます。
なお、「著作権の譲渡の登録」は、譲渡人(登録義務者)と譲受人(登録権利者)とによる共同申請が原則です。
しかしながら、譲渡人による「単独申請承諾書」があれば、譲受人が単独で申請可能です。
譲渡契約書の条項中で、文化庁への「著作権の譲渡の登録」について、譲渡人の協力義務や、当該登録手続きに係る費用をどちらが負担するかなどを予め定めておけば、後々のトラブル防止にも繋がります。
仮に、既に譲渡契約を締結した後だとしても、契約当時は登録制度を知らなかったというご事情を譲渡人に説明することで、通常は「著作権の譲渡の登録」にご協力頂けると考えられますので、時機を失してしまったと嘆く必要はございません。
文化庁への著作権の各種登録について、どうすべきか迷われたら、まずは当事務所にご相談ください。
免責事項
本記事に掲載している情報は、一般的な法的情報の提供を目的とするものであり、特定の案件について助言を行うものではありません。
記載内容は作成時点における法令や裁判例等に基づいていますが、今後の改正その他の事情により変更される可能性があります。
また、実際の事案では、事実関係や状況により結論が異なる場合がありますので、具体的な事案については、必ず適切な専門家にご相談ください。
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